タイやシンガポールのカフェ向けの業務用抹茶には、「Nishio matcha」と書かれた商品があります。西尾は愛知県にある抹茶の産地で、日本では「西尾の抹茶」という名前の使い方が特許庁の商標で決まっています。どこの茶葉をどこで抹茶にしたものか、産地の量はどのくらいかを知っておくと、仕入れ先の説明を確かめやすくなります。
西尾の抹茶とは
西尾の抹茶は、愛知県西尾市・安城市・旧吉良町の茶葉を、同じ地域で碾茶にして茶臼で挽いた抹茶です。特許庁に地域団体商標(地域の名前と商品の名前を組み合わせた商標)として登録されていて、権利者は生産者と茶商でつくる西尾茶協同組合です。
特許庁に登録された条件
特許庁の地域団体商標「西尾の抹茶」(登録番号5204296)の対象は、次の条件を満たす抹茶です。
- 愛知県西尾市・安城市・幡豆郡吉良町で生産された茶葉を使う
- 同じ地域で碾茶(てんちゃ:抹茶の原料になる茶葉)に加工し、仕上げる
- 茶臼で挽いて抹茶にする
吉良町は、2011年4月1日に一色町・幡豆町とともに西尾市と合併しています。茶葉を育てる場所と、碾茶にして挽く場所の両方が地域内に限られている点が、この商標の特徴です。
出典: 特許庁「商標登録第5204296号 西尾の抹茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/5204296.html
西尾茶協同組合
西尾茶協同組合は2007年に発足し、西尾茶卸組合・西尾市茶業組合・吉良茶業組合など5つの団体で構成されています。会員は48社です。
商標と地理的表示(GI)
西尾の抹茶は、2009年に、抹茶に限った地域団体商標として全国で初めて登録されました。一方で、国の地理的表示(GI:産地と品質の結びつきを国が保護する制度)からは、2020年に外れています。
抹茶に限った商標の最初の例
西尾市の「西尾の抹茶おもてなし条例」と西尾茶協同組合によると、西尾の抹茶は2009年に、抹茶に限ったものとしては全国で初めて特許庁の地域団体商標になりました。組合は同じ年にブランドマーク(抹茶色の茶わんと茶筅の図柄)を定め、400点以上の商品に表示しています。
いま特許庁に登録されている抹茶の地域団体商標は、河越抹茶・掛川抹茶・西尾の抹茶・宇治抹茶・八女抹茶の5件です。
GIの登録は2020年に消除された
西尾の抹茶は、農林水産省のGIに第27号として登録されていました。農林水産省の公示によると、登録生産者団体の西尾茶協同組合から登録失効の届出があり、2020年2月3日に失効、2月14日に登録が消除されました。いま西尾の抹茶を守っているのは特許庁の商標で、GIではありません。茶のGIとしていま登録されているのは、「八女伝統本玉露」「深蒸し菊川茶」と、2026年7月に登録された「日本茶」です。
西尾の抹茶の歴史
西尾の茶づくりは鎌倉時代にさかのぼり、大正時代の後期から碾茶が中心になりました。西尾市の条例は、西尾を「750年に及ぶ抹茶の歴史」があるまちとしています。
西尾市の条例によると、歴史の流れは次のとおりです。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 鎌倉時代 | 1271年(文永8年)に創建された実相寺の境内に、開祖の聖一国師が最初の茶の種を蒔いた |
| 明治時代 | 茶の生産が本格的になった |
| 大正時代の後期 | 碾茶の栽培と製造が中心になり、今に続く |
愛知県農業総合試験場の資料では、愛知県の碾茶の栽培は1906年に西尾市で始まり、矢作川の下流の地域で急速に広がったとしています。西尾市の条例は、西尾を温暖な気候と、矢作川がもたらす豊かな土壌と川霧に恵まれたまちとしています。
愛知県の碾茶の生産量
西尾市を含む愛知県の碾茶は、2025年産で463トン、全国の約7%で4位です。市町村ごとの碾茶の量を示した公的な統計は見つからず、県の数字で見ることになります。
府県別の碾茶(2025年産)
全国茶生産団体連合会の調べでは、2025年産の碾茶は全国で6,278トンでした。
| 府県 | 碾茶 | 全国の割合 |
|---|---|---|
| 鹿児島 | 2,670トン | 約43% |
| 京都(宇治など) | 989トン | 約16% |
| 静岡 | 875トン | 約14% |
| 愛知(西尾・豊田など) | 463トン | 約7% |
| 三重 | 398トン | 約6% |
| 宮崎 | 304トン | 約5% |
| 福岡(八女など) | 280トン | 約4% |
割合は全国の合計から計算。
出典: 愛知県「2025年産茶の生産状況」(全国茶生産団体連合会調査数値) https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/622005.pdf
2位から4位へ
愛知県の碾茶は、2015年産では505トンで全国2位でした。2024年産は428トンで4位、2025年産は463トンで4位です。この間に全国の碾茶は大きく増え、農林水産省によると2025年産は2014年の約3.2倍です。京都府は、鹿児島県が煎茶から碾茶への切り替えを急速に進めたとしています。2024年産から2025年産にかけては、全国が約18%、愛知県が約8%増えました。
海外の記事や販売店のページには「西尾は日本の抹茶の20〜25%」という説明がありますが、出典が示されていないか、古い数字です。いまの量で見ると、西尾を含む愛知県は日本で4番目の碾茶の産地です。
碾茶に特化した産地
愛知県では、作る茶の約8割が碾茶です。煎茶が中心の鹿児島県・静岡県とは、産地のつくりが大きく違います。
荒茶に占める碾茶の割合
荒茶(あらちゃ:摘んだ茶葉を蒸して乾かした、仕上げる前の茶)のうち、碾茶がどれだけを占めるかを、2025年産の全国茶生産団体連合会の数字から計算しました。
| 府県 | 荒茶 | うち碾茶 | 碾茶の割合 |
|---|---|---|---|
| 愛知 | 561トン | 463トン | 約83% |
| 京都 | 2,121トン | 989トン | 約47% |
| 鹿児島 | 30,000トン | 2,670トン | 約9% |
| 静岡 | 24,100トン | 875トン | 約4% |
| 全国 | 73,372トン | 6,278トン | 約9% |
愛知県は、県のページで「抹茶の原料となるてん茶の生産が盛ん」と説明しています。主な碾茶の産地は西尾市・豊田市・新城市です。豊田市茶業組合は生産者21人、約40haの茶園で年に約42トン(2024年産)の荒茶を作り、その9割以上が碾茶です。
一番茶の割合と品種
愛知県は、県の碾茶は一番茶(その年の最初に摘む茶)の割合が高いと説明しています。東海農政局が農林水産省の作物統計をまとめた資料では、愛知県の荒茶のうち一番茶は2020年産で61%でした。同じ資料で、二番茶以降の多い三重県は41%です。
品種にも違いがあります。2024年産の茶園の面積で見ると、全国では「やぶきた」が64.0%ですが、愛知県は53.9%で、碾茶に向く「さみどり」が19.7%、「おくみどり」が15.5%を占めています。
西尾の碾茶の育て方と加工
愛知県は、茶畑の上に棚を組んで覆う「棚がけ」、れんが積みの碾茶炉、石臼挽きを県の碾茶の特徴に挙げています。碾茶の作り方そのものは碾茶とはにまとめています。
覆いと摘み方
碾茶は、摘む前の新芽に覆いをかけて日光をさえぎって育てます。愛知県によると、県の碾茶は、茶の木に直接かけるのではなく、棚の上に覆いを広げる間接的なかけ方が多いのが特徴です。西尾茶協同組合も、西尾市と安城市で棚式の覆い下栽培を守っているとしています。
覆いの素材は時代とともに変わりました。愛知県農業総合試験場によると、1960年代に、よしずに稲わらを乗せる「本ず」から化学繊維の覆いへの切り替えが試みられました。試験場は、化学繊維の覆いと機械摘みでも品質と収量を保てる育て方を組み立てています。西尾の名前がついていても、手摘みか機械摘みかは茶園ごとに違います。
碾茶炉と石臼
摘んだ茶葉は蒸してから、揉まずに乾かして碾茶にします。西尾茶協同組合によると、西尾では「三河式碾茶乾燥炉」と呼ぶ、れんがを積んだ5段の網の炉で乾かし、仕上げた碾茶を御影石の茶臼で挽きます。商標の条件にも「茶臼挽き」が入っています。
宇治・鹿児島との違い
宇治・西尾・鹿児島は、商標の範囲、碾茶の量、碾茶への特化ぶりが違います。味の良し悪しを産地ごとに比べた公的なデータは見つかっていません。
| 項目 | 西尾(愛知) | 宇治(京都) | 鹿児島 |
|---|---|---|---|
| 抹茶の地域団体商標 | 西尾の抹茶 | 宇治抹茶 | なし |
| 原料の産地の条件 | 西尾市・安城市・旧吉良町 | 京都・奈良・滋賀・三重の4府県 | ― |
| 仕上げる場所の条件 | 同じ地域で碾茶にし、茶臼で挽く | 京都府内の業者が府内で仕上げる | ― |
| 碾茶(2025年産) | 463トン(愛知県) | 989トン(京都府) | 2,670トン |
| 荒茶に占める碾茶 | 約83% | 約47% | 約9% |
宇治抹茶は4府県の茶を使えるため、原料の産地の範囲は西尾の抹茶よりずっと広くなります。宇治抹茶の定義と京都府内の産地は宇治抹茶とはに、福岡県の八女抹茶は八女抹茶とはにまとめています。鹿児島県は碾茶の量が愛知県の約5.8倍ありますが、抹茶の名前の入った地域団体商標はありません。
碾茶の量で並べると、鹿児島・京都・静岡・愛知の順になります。量の順位と、ラテに向くかどうかは別の話です。府県ごとの荒茶と碾茶の順位はお茶の生産量ランキングにまとめています。
海外で「Nishio matcha」を買うときに確かめること
西尾の名前がついていても、商標の条件を満たしているかは商品ごとに確かめる必要があります。西尾茶協同組合は、10の国と地域で「NISHIO MATCHA」かブランドマークの商標を登録していて、シンガポールや、2020年にはバンコクでプロモーションを行っています。
仕入れ先に確かめること
西尾の抹茶として仕入れるときは、仕入れ先に次の点を書類で確かめます。
- 茶葉を育てた場所:西尾市・安城市・旧吉良町のどこか
- 碾茶にした場所と、茶臼で挽いた場所:同じ地域の中か
- ブランドマークの表示:西尾茶協同組合のマークがあるか
- 摘んだ時期:一番茶か、二番茶以降を含むか
- ロットと検査の書類:産地・製造日・残留農薬などの検査結果がそろっているか
西尾産の茶葉を使っていても、ほかの地域で挽いた抹茶は、この商標の条件に当てはまりません。日本茶業中央会の「緑茶の表示基準」(業界の自主基準)では、産地の名前を表示するには、その産地の原料を50%以上使う必要があり、100%でなければブレンドだと分かるように書くことになっています。
値段とラテ向けの選び方
愛知県によると、県内の2025年産の茶の値段は、海外の抹茶需要の高まりなどで前年より2割ほど高くなりました。値上がりの理由とカフェの仕入れへの影響は、抹茶は今も足りないのかにまとめています。
お店で選ぶときは、次の順番で決めると迷いにくくなります。
- ラテ用か、ストレート用かを決める(抹茶の等級の違い)
- 1杯の原価から、使える仕入れ値の範囲を出す(カフェの抹茶ラテに使う抹茶の選び方)
- 西尾と、宇治・鹿児島など別の産地のものを、同じ量・同じミルクで飲み比べる
- 選んだ抹茶の産地・ロット・検査の書類をそろえる
Omakase Matchaが扱う産地は、抹茶の産地にまとめています。
参考にした情報
- 特許庁「商標登録第5204296号 西尾の抹茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/5204296.html
- 特許庁「地域団体商標登録案件一覧」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/index.html
- 農林水産省「登録の消除の公示(登録番号第27号)」 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/0027_elimination/index.html
- 農林水産省「地理的表示(GI)保護制度 登録産品一覧」 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/index.html
- 農林水産省「茶をめぐる情勢(令和8年10月)」 https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/cha/attach/pdf/ocha-201.pdf
- 京都府「京都府茶業振興計画」(2025年3月) https://www.pref.kyoto.jp/nosan/documents/2025kyoto_chagyousinkoukeikakui.pdf
- 総務省「市町村合併資料集(愛知県)」 https://www.soumu.go.jp/gapei/hensen_aichi.html
- 愛知県「2025年産茶の生産状況」(全国茶生産団体連合会調査) https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/622005.pdf
- 愛知県「茶の栽培面積及び生産量(2024年産)」 https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/586547.pdf
- 愛知県「あいちの茶」 https://www.pref.aichi.jp/soshiki/engei/aichinocha.html
- 愛知県農業総合試験場「省力的にてん茶の品質向上」 https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/233816.pdf
- 東海農政局「東海地域における茶の生産動向」 https://www.maff.go.jp/tokai/seisan/engei/tea/attach/pdf/index-3.pdf
- 西尾市「西尾の抹茶おもてなし条例」 https://www.city.nishio.aichi.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/005/678/omotenasi.pdf
- 西尾茶協同組合「西尾の抹茶について」 https://nishiomatcha.jp/about.html
- 西尾茶協同組合「西尾茶協同組合について」 https://nishiomatcha.jp/union.html
- 日本茶業中央会「緑茶の表示基準」 https://www.nihon-cha.or.jp/pdf/hyoujikijyun.pdf
























































































