海外のカフェや通販では、「Uji matcha」と並んで「Shizuoka matcha」と書かれた抹茶も見かけます。静岡県は日本でいちばん茶畑の広い県ですが、荒茶の約6割は煎茶で、抹茶の原料の量では鹿児島県と京都府が上にあります。静岡の抹茶がどれくらい、どこで、どう作られているかを公的な資料で確かめておくと、仕入れ先の説明を比べやすくなります。
静岡の抹茶とは
静岡の抹茶は、静岡県で作られた碾茶(てんちゃ)を挽いた抹茶を指す呼び名で、「静岡抹茶」という決まった定義はありません。特許庁の地域団体商標(地域の名前と商品の名前を組み合わせた商標)には、静岡県産の緑茶につく「静岡茶」と、掛川市産の抹茶につく「掛川抹茶」があります。
静岡県は煎茶の産地
農林水産省の資料では、静岡県の茶の栽培面積は1万1,600ヘクタールで全国1位です。生産の特色は「せん茶、特に深蒸し(ふかむし:蒸す時間を長くする作り方)せん茶を主体とした生産」とされています。荒茶(あらちゃ:摘んだ葉を産地の工場で蒸して乾かした、仕上げ前の茶)の生産量は、2024年産と2025年産で鹿児島県が1位になり、静岡県は2位でした。都道府県別の順位はお茶の生産量ランキングにまとめています。
碾茶と抹茶
碾茶は抹茶の原料になる茶葉です。農林水産省によると、摘む前に茶園をよしず・こも・寒冷紗(かんれいしゃ)などの資材で2〜3週間ほど覆い、摘んだ葉を蒸して、揉まずに乾かして作ります。これを茶臼などで細かい粉にしたものが抹茶です。作り方の詳しい流れは碾茶とはにまとめています。
静岡県の碾茶の生産量
2025年産の静岡県の碾茶は875トンで、鹿児島県・京都府に次ぐ全国3位です。県の荒茶2万4,100トンのうち碾茶は約4%で、煎茶が約6割を占めます。
府県別の碾茶(2025年産)
全国茶生産団体連合会の調べでは、2025年産の碾茶は全国で6,278トンでした。
| 府県 | 碾茶 | 全国の割合 | 荒茶全体 | 荒茶に占める碾茶 |
|---|---|---|---|---|
| 鹿児島 | 2,670トン | 約43% | 30,000トン | 約9% |
| 京都 | 989トン | 約16% | 2,121トン | 約47% |
| 静岡 | 875トン | 約14% | 24,100トン | 約4% |
| 愛知 | 463トン | 約7% | 561トン | 約83% |
| 三重 | 398トン | 約6% | 4,805トン | 約8% |
割合は全国茶生産団体連合会の数字から計算。静岡県の煎茶は1万4,310トンでした。
量で見た静岡の碾茶
静岡県の碾茶は、鹿児島県の約3分の1です。一方で、静岡県の荒茶は京都府の10倍以上あります。荒茶のうち碾茶に回す割合が1ポイント変わるだけで、約240トン動く計算です。
なお、静岡県の茶業振興計画は、2025年の県内の「抹茶・粉末茶」を4,400トンと推計しています。これは用途で分けた県の推計で、碾茶だけの数字ではありません。
煎茶から碾茶への切り替え
静岡県は、煎茶の需要が減るなかで、碾茶と有機茶を増やす方向に茶づくりを切り替える計画を立てています。2026年3月の静岡県茶業振興計画は、抹茶・粉末茶の生産量を2040年に荒茶全体の約3分の1まで増やす目標を置きました。
県の計画の数字
計画によると、静岡県の荒茶の値段は長く低いままでしたが、2025年は抹茶ブームなどで年平均が前年より約8割上がりました。一方で、県の荒茶は2025年に2万4,100トンと前年から1,700トン減り、茶園も1,200ヘクタール減っています。計画の主な数字は次のとおりです。
| 項目 | 現状 | 目標 |
|---|---|---|
| 抹茶・粉末茶の生産量 | 3,200トン(2024年) | 6,700トン(2030年)、8,600トン(2040年) |
| 輸出向けの茶づくりに切り替える茶園 | 0ha(2024年) | 累計320ha(2028年) |
| 県内の事業者の茶の輸出額 | 106億円(2024年) | 154億円(2028年) |
出典: 静岡県「静岡県茶業振興計画(2025〜2028年)」 https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/027/277/keikaku.pdf
計画は、碾茶向けの品種への植え替えと、覆いをかける栽培への切り替えを計画的に進めるとしています。県の2026年度の補助事業では、県が選んだ「輸出生産拠点」の茶業者が、碾茶生産のために覆いをかける栽培へ切り替える費用に、10aあたり10万円を参考額として補助します。
茶業研究センターの研究
静岡県の茶業研究センターは、植え替えを待たずに、いま県内にある煎茶用の品種で碾茶を作る方法を調べてきました。2019年度の研究成果では、県内で碾茶の生産が増えているのに碾茶用の品種はほとんど使われておらず、品種の転換には時間と費用がかかると書いています。
同じ年の成果で分かったことは次のとおりです。
- 県内の碾茶は、茶の木に黒い遮光ネットを直接かける「直掛け」が主流
- 日光の85%をさえぎる網を直掛けすると、さやまかおり・さわみずか・香駿(こうしゅん)は、やぶきたより一番茶の収量が20%以上多い
- 碾茶の品質の合計点は、つゆひかりと香駿が高い。見た目と色はつゆひかり・香駿・おくみどり、香りと味はさえみどりが高い
- 直掛けで20日間覆うと、10aあたりの収量は949kgで、15日間の630kgより多い。覆う期間を長くすると収量は増えるが、品質の目安の一つである全窒素の割合は下がる
2019年度の時点で、県の碾茶は煎茶用の品種を直掛けで覆って作るものが中心だったことが、県の研究機関の資料から分かります。
静岡県内の主な碾茶の産地
県と国の公開資料で碾茶の産地として名前が出てくるのは、志太榛原(しだはいばら)地域、掛川市、浜松市天竜区です。京都府のような市町別の碾茶の統計は、静岡県の公開資料では見つかりませんでした。
志太榛原地域
農林水産省が公開している静岡県の普及事例によると、島田市などを含む志太榛原農林事務所の管内では、碾茶の生産量が2021年度の463トンから2024年度の793トンに増えました。そのうち有機の碾茶は214トンから295トンです。碾茶工場は2021年度の13から、2025年度には17になり、そのうち11工場が有機の碾茶を扱います。
同じ資料は、国内では碾茶が煎茶の2倍以上の荒茶の値段で取引され、特に有機の碾茶の需要が高いと書いています。県全体の875トン(2025年産)とは集計の年と元が違うため、単純には比べられません。
掛川市と浜松市天竜区
静岡県の資料では、2024年度の国の補助事業(産地生産基盤パワーアップ事業)で、次の碾茶の加工施設が整備されました。
| 場所 | 整備したもの |
|---|---|
| 掛川市倉真 | レンガ式の碾茶炉(碾茶を乾かす炉)を含む碾茶の加工施設。処理能力は1時間に300kg |
| 浜松市天竜区 | 輸出向けの碾茶の加工ライン一式(レンガ式の碾茶炉1基を含む)と製品の貯蔵施設 |
静岡県茶業会議所は、県内の茶産地を西遠・中遠・牧之原・川根・志太・本山・清水・富士沼津の8つに分けて紹介しています。これらは煎茶を含む茶全体の産地の区分で、碾茶の産地を示したものではありません。
静岡茶市場と碾茶の取引
静岡茶市場は、荒茶を売り手と買い手の間で取引する市場で、碾茶も入札で取引されています。2026年7月30日の入札販売会には、碾茶が7点出品されました。
静岡茶市場とは
株式会社静岡茶市場は1956年に設立された会社で、静岡市葵区にあり、静岡県が16.7%を出資しています。事業は茶の実物取引と受託販売です。静岡茶市場の説明では、総取引量の約4割が県外産の茶です。静岡県によると、2025年の一番茶から、競争で値段を決める入札を試しに取り入れています。
2026年7月の碾茶の入札
静岡茶市場が公開した「第10回 碾茶・有機茶・発酵茶 入札販売会」の出品一覧では、出品は全部で51点、そのうち碾茶は7点でした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 碾茶の点数と量 | 7点、合計2,352.8kg |
| 最低落札価格(これより低い値段では落札されない価格) | 3,000〜4,500円(出品一覧の数字。出品の数量はkgで記載) |
| 品種 | やぶきた5点、混合2点 |
| 茶期 | 一番茶2点、二番茶5点 |
| 栽培 | 7点とも慣行栽培(有機ではない) |
実際に落札された値段は、公開資料では見つかりませんでした。
「静岡茶」「掛川抹茶」など名前の決まり
静岡の名前がつく茶の決まりは、特許庁の地域団体商標と、日本茶業中央会の表示の基準で決まっています。「静岡抹茶」という商標はなく、静岡の名前で抹茶を守る国の地理的表示(GI:産地と品質の結びつきを国が保護する制度)もありません。
静岡県の茶の地域団体商標
特許庁の地域団体商標の一覧(2026年10月13日に確認)で、静岡県の茶の商標は次のとおりです。
| 商標 | 登録番号 | 対象 |
|---|---|---|
| 静岡茶 | 第5062720号 | 静岡県産の緑茶 |
| 掛川抹茶 | 第6538181号 | 静岡県掛川市産の抹茶 |
| 掛川茶 | 第5082404号 | 静岡県掛川市産の緑茶 |
| 掛川茶 | 第6813218号 | 掛川市と周辺の旧町などで作った荒茶だけを使い、そのうち掛川市内の荒茶工場の荒茶が75%以上の茶 |
| 川根茶 | 第5053823号 | 川根町・川根本町で作られた緑茶 |
| 東山茶 | 第5517008号 | 掛川市東山産の茶 |
出典: 特許庁「商標登録第6538181号 掛川抹茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/6538181.html
抹茶の名前が入った地域団体商標は、全国で河越抹茶・掛川抹茶・西尾の抹茶・宇治抹茶・八女抹茶の5件です(八女抹茶の決まりは八女抹茶とはにまとめています)。県の名前で抹茶を守る商標はなく、静岡県で抹茶の商標があるのは掛川市だけです。
静岡県のGI
静岡県には、2023年に登録されたGI「深蒸し菊川茶」があります。登録の内容は深蒸しの茶で、抹茶は出てきません。茶のGIはこのほかに「八女伝統本玉露」と、2026年7月10日に登録された「日本茶」です。「日本茶」は特定の産地ではなく、国内で栽培・加工した緑茶全般(煎茶・玉露・抹茶など)が対象です。
表示の決まり
日本茶業中央会の「緑茶の表示基準」(業界の自主基準)では、産地の名前を表示するには、国産で、その産地の原料を50%以上使う必要があります。100%なら「○○茶」、50%以上100%未満ならブレンドだと分かるように書きます。荒茶の産地とは別の場所で仕上げた場合は、仕上げた場所を書きます。
宇治・鹿児島との違い
量・品種・作り方の傾向は公的な数字で比べられますが、味の優劣を示す公的なデータはありません。海外の販売店の記事には静岡の抹茶の味を形容したものがありますが、根拠となるデータは示されていません。
公的な資料で比べられること
| 項目 | 静岡 | 京都(宇治) | 鹿児島 |
|---|---|---|---|
| 碾茶(2025年産) | 875トン | 989トン | 2,670トン |
| 荒茶に占める碾茶 | 約4% | 約47% | 約9% |
| 国の資料での特色 | 深蒸しせん茶が中心。碾茶とかぶせ茶は全国3位 | 玉露と碾茶が全国2位 | 碾茶が全国1位。多様な品種構成 |
| 茶園のやぶきたの割合(2025年度) | 86% | 49% | 28% |
| 乗用型の摘採機の導入割合(2025年度) | 96.9% | 22.9% | 99.0% |
| 茶園のうち中山間地の割合(2020年度) | 29.2% | 85.1% | 45.6% |
| 抹茶の名前の商標 | 掛川抹茶(掛川市産) | 宇治抹茶(4府県の茶を京都府内で仕上げる) | なし |
碾茶は全国茶生産団体連合会、品種・摘採機・中山間地は農林水産省「茶をめぐる情勢」。品種・摘採機・中山間地は茶全体の数字で、碾茶だけの数字ではありません。
数字から分かること
静岡県は、茶畑のやぶきたの割合が86%と高く、乗用型の機械で摘める平らな茶園が多い県です。鹿児島県は早く摘む品種(ゆたかみどり・さえみどり)が茶園の4割を占め、京都府は茶園の8割以上が山あいにあります。宇治抹茶の定義や京都府内の産地は、宇治抹茶とはにまとめています。
海外で「Shizuoka matcha」を買うときに確かめること
「Shizuoka」と書いてあっても、碾茶を作った場所、静岡の原料の割合、品種は商品ごとに違います。静岡茶市場の取引の約4割は県外産の茶なので、静岡で取引される茶がすべて静岡産とは限りません。
仕入れ先に確かめること
静岡の抹茶として仕入れるときは、次の点を書類で確かめます。
- 碾茶の産地:静岡県のどの市町で作った碾茶か
- 静岡の原料の割合:100%か、ほかの産地とのブレンドか
- 品種と茶期:やぶきたか、つゆひかりなど別の品種か。一番茶か二番茶か
- 覆いのかけ方と期間:直掛けか棚か、何日覆ったか
- 「Kakegawa matcha」と書いてあれば:掛川市産の抹茶か
- 「Organic」と書いてあれば:有機JASの認証を受けた原料と工場か
カフェで選ぶときの順番
ラテに使うか、そのまま点てて出すかで、合う等級が変わります。用途を決めてから(抹茶の等級の違い)、1杯の原価から使える仕入れ値を出し(カフェの抹茶ラテに使う抹茶の選び方)、静岡と宇治・鹿児島など別の産地のものを、同じ量・同じミルクで飲み比べます。値段が上がっている理由は抹茶は今も足りないのかに、Omakase Matchaが扱う産地は抹茶の産地にまとめています。
参考にした情報
- 愛知県「2025年産茶の生産状況」(全国茶生産団体連合会調査) https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/622005.pdf
- 農林水産省「茶をめぐる情勢(令和8年10月)」 https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/cha/attach/pdf/ocha-201.pdf
- 静岡県「静岡県茶業振興計画(2025〜2028年)」(2026年3月) https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/027/277/keikaku.pdf
- 静岡県お茶振興課「令和8年度 輸出拡大生産体制強化支援事業 公募要領【生産者向け】」 https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/085/137/boshuyouryose.pdf
- 静岡県農林技術研究所 茶業研究センター「静岡県茶奨励品種等におけるてん茶適性」(2019年度) https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/044/307/r1-d.pdf
- 静岡県農林技術研究所 茶業研究センター「てん茶の良質多収を目指した被覆技術」(2019年度) https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/044/307/r1-a.pdf
- 農林水産省 普及事例「海外輸出需要に対応したてん茶栽培加工経営体の育成」(静岡県) https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/hukyu/h_zirei/r7/attach/pdf/r7-155.pdf
- 静岡県「令和6年度実施地区の概要(産地生産基盤パワーアップ事業)」 https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/026/990/r6_sanpajissitiku.pdf
- 静岡県茶業会議所「静岡県の茶業 有名茶産地」 https://shizuoka-cha.com/index.php/ocha/sanchi/
- 静岡県「点検評価表(株式会社静岡茶市場)」 https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/077/363/tenken/r7_47_shizuokacha.pdf
- 静岡茶市場「特徴・歴史」 https://chaichiba.co.jp/chaitiba/history/
- 静岡茶市場「第10回 碾茶・有機茶・発酵茶入札販売会開催のご案内」 https://chaichiba.co.jp/news/17525/
- 静岡茶市場「第10回 碾茶・有機茶・発酵茶 入札販売会出品一覧」 https://chaichiba.co.jp/news/17654/
- 特許庁「商標登録第5062720号 静岡茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/5062720.html
- 特許庁「商標登録第6538181号 掛川抹茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/6538181.html
- 特許庁「商標登録第5082404号 掛川茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/5082404.html
- 特許庁「商標登録第6813218号 掛川茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/6813218.html
- 特許庁「商標登録第5053823号 川根茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/5053823.html
- 特許庁「商標登録第5517008号 東山茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/5517008.html
- 特許庁「地域団体商標登録案件一覧」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/index.html
- 農林水産省「第130号:深蒸し菊川茶」 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/0130/index.html
- 日本茶業中央会「緑茶の表示基準」 https://www.nihon-cha.or.jp/pdf/hyoujikijyun.pdf
























































































