海外のカフェや通販では、「Uji matcha」と並んで「Yame matcha」と書かれた抹茶を見かけます。八女は福岡県南部の茶どころで、玉露(ぎょくろ:摘む前に日光をさえぎって育てる高級な緑茶)の産地として知られています。八女抹茶という名前が何を指し、原料がどれくらい作られているかを公的な資料で確かめておくと、仕入れ先の説明を比べやすくなります。
八女抹茶とは
八女抹茶は、福岡県の八女市とその周辺で作った荒茶を、福岡県内で仕上げた抹茶です。特許庁に地域団体商標(地域の名前と商品の名前を組み合わせた商標)として登録されています。荒茶(あらちゃ)は、摘んだ葉を産地の工場で蒸して乾かした、仕上げ前の茶のことです。
特許庁に登録された条件
特許庁の地域団体商標「八女抹茶」(登録番号6266776)の対象は、次の条件を満たす抹茶です。
- 福岡県内の茶生産者が作った荒茶を使う
- 荒茶を作った場所は、福岡県八女市とその周辺地域
- 福岡県内で仕上げる
権利者は、八女市にある福岡県茶商工業協同組合と、全国農業協同組合連合会(JA全農)の2団体です。
出典: 特許庁「商標登録第6266776号 八女抹茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/6266776.html
権利者の説明
同じページの「商品・サービスの特徴」で、権利者は、八女では山間部で玉露づくりが盛んで、その玉露の生産技術を生かして抹茶を作っていると説明しています。特許庁の地域団体商標の一覧(2026年10月13日に確認)で、抹茶の名前が入った商標は、八女抹茶のほかに宇治抹茶・西尾の抹茶・掛川抹茶・河越抹茶の5件です。
八女茶・八女抹茶・八女伝統本玉露の違い
八女の名前がつく茶には商標とGIがあり、国のGIに登録されているのは玉露だけです。抹茶はGIの対象に入っていません。GI(地理的表示)は、産地と品質の結びつきを国が保護する制度です。
3つの名前の比較
| 名前 | 制度 | 対象の茶 | 産地の範囲 |
|---|---|---|---|
| 八女茶 | 特許庁の地域団体商標(第5116871号) | 緑茶 | 八女市とその周辺地域(熊本県・佐賀県の、八女地域に隣接する地域を含む)の荒茶を、福岡県内で仕上げる |
| 八女抹茶 | 特許庁の地域団体商標(第6266776号) | 抹茶 | 八女市とその周辺地域の荒茶を、福岡県内で仕上げる |
| 八女伝統本玉露 | 農林水産省のGI(第5号) | 玉露 | 八女市と周辺の市町の山あいの地域で育て、福岡県内で仕上げる |
八女茶の商標は、熊本県・佐賀県のうち八女地域に接する地域で作った荒茶も含むと書いています。八女抹茶の商標には、この書き添えはありません。
GI「八女伝統本玉露」は玉露のGI
八女伝統本玉露は、2015年12月22日に第5号としてGIに登録されました。登録の明細書は、最終製品の形を仕上げた玉露と定めています。GIの条件は次のとおりです。
- 茶の木の枝を弧の形に刈りそろえず、自然の樹の形を生かす(自然仕立て)
- 茶畑の上に棚を組み、稲わらや「すまき」(稲わら・葦を粗く編んだもの)で覆う
- 最後の段階で日光の90〜98%程度をさえぎり、16日以上(おおむね20日間)覆う
- 新芽のやわらかい部分だけを手で摘む
出典: 農林水産省「第5号:八女伝統本玉露」 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/0005/index.html
GIの条件が当てはまるのは玉露で、八女抹茶には当てはまりません。抹茶を含む緑茶全体には、2026年7月10日に登録されたGI「日本茶」があります。
八女の場所と茶づくりの歴史
八女は福岡県南部、矢部川の流域にある茶どころで、山あいの地域で玉露が作られてきました。福岡県は、昼と夜の気温差が大きく霧が出やすいことが茶づくりに向いていると説明しています。
気候
GIの明細書は、八女伝統本玉露の産地の気候として、年平均気温15.2℃、年間降水量2,019mm(気象庁のアメダス黒木の平年値)を挙げています。海外の販売店の記事には、八女の降水量を1,300〜1,400mmとするものと1,600〜2,400mmとするものがあり、数字がそろっていません。
歴史
明細書によると、1423年に栄林周瑞(えいりんしゅうずい)禅師が今の八女市黒木町に霊巌寺を開き、中国から持ち帰った茶の種をまいたのが八女茶の始まりとされます。当初は煎茶が中心でしたが、玉露に向く土地だと分かり、八女伝統本玉露の本格的な生産は1904年に旧星野村(今の八女市星野村)で始まりました。2023年は八女茶の発祥から600年にあたり、福岡県の広報誌が特集を組みました。
福岡県の碾茶の生産量
2025年産の福岡県の碾茶(てんちゃ:抹茶の原料になる茶葉)は280トンで、全国の約4%です。福岡県の荒茶でいちばん多いのは煎茶(865トン)で、農林水産省の資料では、福岡県は玉露の生産が全国3位です。
府県別の碾茶(2025年産)
全国茶生産団体連合会の調べでは、2025年産の碾茶は全国で6,278トンでした。
| 府県 | 碾茶 | 全国の割合 | 荒茶全体 | 荒茶に占める碾茶 |
|---|---|---|---|---|
| 鹿児島 | 2,670トン | 約43% | 30,000トン | 約9% |
| 京都 | 989トン | 約16% | 2,121トン | 約47% |
| 静岡 | 875トン | 約14% | 24,100トン | 約4% |
| 愛知 | 463トン | 約7% | 561トン | 約83% |
| 三重 | 398トン | 約6% | 4,805トン | 約8% |
| 宮崎 | 304トン | 約5% | 3,109トン | 約10% |
| 福岡 | 280トン | 約4% | 1,486トン | 約19% |
割合は全国茶生産団体連合会の数字から計算。福岡県の数字は県全体で、八女地域だけの碾茶の量を示した統計は見つかりませんでした。
量で見た八女の碾茶
福岡県の碾茶は、鹿児島県の約10分の1、京都府の約3割です。福岡県農林業総合試験場は、抹茶の需要が増えて機械摘みの碾茶が広がるなか、福岡県を碾茶の小規模産地とし、大規模産地との差別化が必要だと書いています。都道府県別の荒茶の順位は、お茶の生産量ランキングにまとめています。
八女の覆いのかけ方
八女伝統本玉露は棚に稲わらをかけて覆います。碾茶については、福岡県の試験場が、黒い化学繊維の網を茶の木に直接かける覆い方を従来の方法として改良を試しています。覆いは、摘む前に日光をさえぎるためのものです。GIの明細書は、八女伝統本玉露がうま味のもとになるテアニンなどのアミノ酸を多く含み、渋みのもとになるカテキンが少ないと書いています。
玉露と碾茶の覆いの比較
| 茶 | 覆いのかけ方 | 覆う期間 | 摘み方 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| 八女伝統本玉露 | 棚の上に稲わら・すまき(棚がけ) | 16日以上(おおむね20日) | 手摘み | GIの明細書 |
| 碾茶(福岡県の試験場が比べた従来の方法) | 黒い寒冷紗(かんれいしゃ:化学繊維の網)を茶の木に直接かける(直掛け) | 延べ20日 | 記載なし | 福岡県農林業総合試験場 |
| 碾茶(全国の定義) | 寒冷紗などで覆った茶園から摘む | 2〜3週間程度 | — | 農林水産省 |
福岡県の二段階被覆
福岡県農林業総合試験場の八女分場は、直掛けで碾茶の品質を上げる方法として「二段階被覆」をまとめています。一番茶の新芽が2枚開いたころに日光の60〜70%をさえぎる黒い寒冷紗をかけ、5日後に80〜85%をさえぎる寒冷紗を重ね、延べ20日間覆います。試験場の評価では、80〜85%の寒冷紗だけをかける従来の方法より、見た目・香り・味などを点数にした官能評価の合計点が高くなりました。ただし、重ねる資材と作業の手間が要ります。
福岡県内の碾茶の茶園のうち、棚と直掛けがそれぞれどれだけあるかを示した統計は見つかりませんでした。碾茶の覆いの種類と作り方は、碾茶とはにまとめています。
宇治・鹿児島との違い
商標の条件と生産量ははっきり違いますが、味の優劣を示す公的なデータはありません。海外の販売店や個人のブログは、八女の抹茶を「甘くてまろやか」とするものもあれば、「草のよう」とするものもあり、1つの商品を飲んだ感想に基づくものもあります。
公的な資料で比べられること
| 項目 | 八女抹茶(福岡) | 宇治抹茶(京都) | 鹿児島 |
|---|---|---|---|
| 名前の決まり | 地域団体商標。八女市と周辺の荒茶を福岡県内で仕上げる | 地域団体商標。京都・奈良・滋賀・三重の茶を京都府内の業者が府内で仕上げる | 特許庁の一覧に、鹿児島の抹茶の地域団体商標はない |
| 碾茶(2025年産) | 280トン | 989トン | 2,670トン |
| 荒茶に占める碾茶 | 約19% | 約47% | 約9% |
| 国の資料での特色 | 玉露の生産が全国3位 | 玉露・碾茶の生産が全国2位 | 碾茶の生産が全国1位 |
数字は府県全体(全国茶生産団体連合会、2025年産)。特色は農林水産省「茶をめぐる情勢」。宇治抹茶の定義の詳しい内容は、宇治抹茶とはにまとめています。
品評会の受賞は玉露の部
八女は全国茶品評会の受賞で知られています。福岡県によると、八女市は2025年まで25年連続で「玉露の部」の産地賞を受けました。これは玉露の審査の結果で、抹茶の原料の碾茶の部門ではありません。福岡県茶生産組合連合会が毎年開く県の品評会(福岡県茶共進会)も、2026年の回は煎茶と玉露の2部門でした。仕入れ先が「受賞産地」と説明するときは、どの部門の賞かを確かめます。
タイ・シンガポールでの八女抹茶
福岡県のバンコク事務所は、タイでは量の多い産地の抹茶が有利だったが、産地による風味の違いを楽しむ客が増え、それにこたえる専門店も出てきたと報告しています。2023年12月の報告によると、タイの多くの飲食店はこれまで茶の味にこだわらず、碾茶の多い鹿児島県・京都府・静岡県の茶が八女茶より有利でした。
報告に書かれていること
報告は、品種や産地による抹茶の風味の違いを楽しむ消費者が増え、八女茶の風味や香りはタイで高く評価されているとしています。バンコクには八女茶と宇治茶を主に使う抹茶専門のカフェがあり、経営者が福岡県と京都府を訪ねて、生産者や茶商と直接取引の話をしていることも紹介されています。報告は、こうした店を産地に招いて茶園や工場を見てもらうことが、取引のきっかけになるとしています。
シンガポールについての同じような報告は見つかりませんでした。シンガポールで抹茶を輸入するときの手続きは、シンガポールへ抹茶を輸入するときに必要な登録・許可・ラベル表示にまとめています。
海外で「Yame matcha」を買うときに確かめること
商品に「Yame」と書いてあっても、原料のどれだけが八女の茶かは商品ごとに違います。日本茶業中央会の「緑茶の表示基準」(業界の自主基準)では、産地の名前を表示するには、その産地の原料を50%以上使う必要があり、100%でなければブレンドだと分かるように書くことになっています。
仕入れ先に確かめること
八女抹茶として仕入れるときは、次の点を書類で確かめます。
- 荒茶の産地:八女市とその周辺地域か。市町村まで分かるか
- 仕上げた場所:福岡県内で仕上げたか
- 八女の原料の割合:100%か、ほかの産地とのブレンドか
- 覆いのかけ方と摘み方:棚か直掛けか、手摘みか機械摘みか
- 「受賞」「GI」と書いてあれば:どの部門の賞か、どのGIか(八女伝統本玉露は玉露のGI)
カフェで選ぶときの順番
ラテに使うか、そのまま点てて出すかで、合う等級が変わります。用途を決めてから(抹茶の等級の違い)、1杯の原価から使える仕入れ値を出し(カフェの抹茶ラテに使う抹茶の選び方)、八女と宇治・鹿児島など別の産地のものを同じ条件で飲み比べます。値段が上がっている理由は抹茶は今も足りないのかに、Omakase Matchaが扱う産地は抹茶の産地にまとめています。
参考にした情報
- 特許庁「商標登録第6266776号 八女抹茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/6266776.html
- 特許庁「商標登録第5116871号 八女茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/5116871.html
- 特許庁「商標登録第6226519号 宇治抹茶」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/6226519.html
- 特許庁「地域団体商標登録案件一覧」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/index.html
- 農林水産省「第5号:八女伝統本玉露」 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/0005/index.html
- 農林水産省「八女伝統本玉露 明細書」 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/0005/pdf/0005_specification.pdf
- 農林水産省「茶をめぐる情勢(令和8年10月)」 https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/cha/attach/pdf/ocha-201.pdf
- 愛知県「2025年産茶の生産状況」(全国茶生産団体連合会調査) https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/622005.pdf
- 福岡県農林業総合試験場「直掛けてん茶の品質を高める二段階被覆技術」 https://www.farc.pref.fukuoka.jp/farc/seika/r06/06-15.pdf
- 福岡県「グラフふくおか 2023秋 福岡の八女茶 発祥600年」 https://www.pref.fukuoka.lg.jp/somu/graph-f/2023autumn/special/index.html
- 福岡県「全国茶品評会に出品された『福岡の八女茶』を使用したティーバッグを限定販売!」(2025年10月30日) https://www.pref.fukuoka.lg.jp/press-release/yametea-omotesenke251108.html
- 福岡県「福岡県茶共進会で第1位を受賞した茶生産者が服部知事を表敬訪問します!」(2026年6月19日) https://www.pref.fukuoka.lg.jp/press-release/yamecha20260625courtesyvisit.html
- 福岡県バンコク事務所「タイの日本茶の市場動向と八女茶輸出拡大に向けた取組について」(2023年12月20日) https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/attachment/209294.pdf
- 日本茶業中央会「緑茶の表示基準」 https://www.nihon-cha.or.jp/pdf/hyoujikijyun.pdf
























































































